大阪・関西が復活するとはどういうことか

大阪の未来構想

コロナのせいで動いていないカニ

大阪や大阪を中心とする関西経済が衰退していると言われて久しい。

以前に「この記事」でも紹介したが、大阪経済は1970年の万博前後から衰退が続いており、私はこの衰退期間を「失われた50年」と呼んでいる。

最近はインバウンド景気で特に大阪市内は沸いており、以前の様な暗い雰囲気は晴れつつあるが、あの忌まわしい経済衰退は大阪人や関西人にとって古傷であり、時々思い出される。

大阪が元気になって復活するとはどういうことか?

大阪人にとって「大阪の復活」はイメージがつかないのではないだろうか?

それは今生きている現役世代は、大阪の衰退とともに人生を歩んできたからであり、強い大阪というものがが想像できないからである。

 

かつて大阪から全国にどんどん良いものが生み出されていた時代があったという。(もちろん筆者もその時代に生きていないので分からない)

古くは江戸時代、世界に先駆けてコメ取引をベースとした金融先物市場を生んだ。興味がある人は調べてほしいが、これは普通に凄い(笑)。

また、明治から昭和にかけては綿紡績産業を興し、日本の資本主義と近代化に大きな貢献をした。大阪の存在なくして日本の近代化は成しえなかったといって良い。

戦後になっても、ベルトコンベアにすしを乗っけるという大胆な発想の「回転ずし」やお湯を注いで3分で食べられる「カップ麺」など、突き抜けた感性とそれを許容する商業都市の文化を背景に、新産業や新商品が次々に生み出だされ、国境を越えて世界各地に伝わっていった。

 

大阪が復活するというのは、そういうことなのである。

まだイメージできないだろうか?どういうことか?

大阪の復活は大阪や関西といった狭いエリアに影響して終わるものではなく、日本全体に影響を及ぼすものである。

 

 上はコロナ流行で学校の新学期が遅れているのに際して、新学期を9月に移動させてしまおうという提案を国民民主党がしたニュースをツイートしたものである。

提案は国民民主党となっているが、テレビ等では橋下徹元大阪市長が「9月入学に変更するべきだ」という主張を散々言い散らかしている。 

(因みに私は9月入学賛成である。学生の今後のことを考えればグローバルスタンダードの9月入学に合わせるのは正しいだろうし、コロナを逆に活用するというポジティブな発想で素晴らしいと思う。)

 

もちろん吉村大阪府知事も賛成であり、「9月入学、今年できないならもうできない」など世論や国に9月入学制へ移行するよう強く働きかけている。

あくまで9月入学という小さな例であるが、大阪から全国へ良いものが伝わっていくというのはそういうことなのである。

私自身、大阪が発信力を取り戻して全国に良いものを生み出していくということが頭で分かっても具体的にイメージできなかったが、今回の件でようやく「あーこういうことか」と体感することができた。

 

今回は政治的なコンテンツではあったが、今後、大阪・関西経済が復調していけば、新しい提言や新産業、新業態も生まれていき、それが日本全国へ伝播していくことになるだろう。

大阪が復活するということは、日本全体が復活するということに繋がっているのである。

コメント

  1. やす より:

    >明治から昭和にかけては綿紡績産業を興し、日本の資本主義と近代化に大きな貢献をした。>大阪の存在なくして日本の近代化は成しえなかったといって良い。

    ・大阪だけではないとおもいます。
    ・輸出産業で重要だったのは蚕糸及び絹織物でした。
     http://honkawa2.sakura.ne.jp/4750.html
    ・蚕糸の中心は南東北と北関東です。
    ・東北地方からの人的供給及び蚕糸、エネルギー(水力発電及び石炭、薪炭)が
     なければ、日本の近代化は不可能でした。統計上明らかです。

  2. より:

    北関東にある世界遺産・富岡製糸場は、明治政府による官製工場です。北関東や東北が選ばれたのは農業に不向きな貧しい土地だからです。その明治政府誕生は諸藩の倒産つまり借金踏み倒しによるものです。その諸藩に資金を貸与していたのは、全国の富の7割が集まると言われた大阪商人です。

    江戸時代困窮を極め、姥捨山など暗い歴史を歩んだ北関東や東北の人々に職が与えられ暮らしが楽になったのは、大阪のおかげです。