「おおざっぱであること」と「キッチリしていること」

社会

今回はおおざっぱであることとキッチリしていることの違いを述べていきたい。

大阪関係ないやんと突っ込まれそうであるが、今回の議論は結構関連しているのではないかと思う。

 

さて、あくまで傾向の話だが、大阪人はおおざっぱな人や適当な人が多いと思う。

 

上手く具体例を挙げずらいが、コンビニの接客をとっても、電話での対応をとっても、何というか全体的に適当である(笑)

仕事をちゃちゃっとやって、その場にほったらかして後は帰るみたいな。

細かな詰めが甘いというか、別にそんなこと気にしなくてええやん的な態度が見え隠れしている気がする。

以下では具体例を軽く紹介してみることにする。

おおざっぱな自販機と適当な看板

格安自販機「おいなはれ」の下段を撮影したもの

上は格安自販機の下段部分を撮影したものである。

写真中央にあるWANDAのモーニングショットが汚れており明らかに目立つ。「落ちてるカンカン拾ってきたやろ!」と突っ込みたくなるクオリティだ。

そして右側の緑色のコーヒーはなぜかまだ中身が入っている(笑)

 

せめてきれいなカンカンを使ってくれ!

そして中身ぐらいそろえてくれー!

あとプルタブもキッチリ下まで下げてくれ!(笑)

適当さ満載だが、格安自販機だからオッケーということにしておこう。この適当さも面白いし。

 

京橋にある格安の飲食店

次は京橋にある格安の飲食店である。自社所有のテナントで家賃がかからないからこの底なしの安さを実現できるのだろうが、それにしてもうどんそば120円て安すぎ!笑

さて、そもそもの看板に注目してほしい。貼り方が適当なのか、値段の紙がくるまっていて見えなかったり、字が薄れて読めなかったりする。

カオスすぎて何が何か分からん!適当過ぎる!

どのみち安いので値段を確認する必要すらないが(笑)

 

何となく大阪人や関西人がおおざっぱで適当であることが伝わっているだろうか?

 

あれこれ突っ込んできたが、おおざっぱや雑であるということは必ずしも悪いことではない。

細かなことを気にしない人は、よりザックリと全体を捉えた思考ができるようになる。

逆にキッチリしている人は細かな部分に集中するので、良くいえば細部まで注意できるが、悪くいえば広い視野で考えにくくなるなることを意味する。

大阪人の良いところは”おおざっぱさ”

細部まで考えられる
(ミクロ思考)
視野を広く持てる
(マクロ思考)
おおざっぱである ×
きっちりしている ×

簡単な表で「おおざっぱである」「きっちりしている」それぞれの違いをまとめてみた。

上で述べた通り、おおざっぱな人は細かな部分は分からないけど、その分物事をザックリと捉えられる。逆にキッチリした人は細かな部分には目が行くが、ざっくり全体を見るのは苦手な傾向にある。

 

理想は細部まで考えられてかつ全体を視野に入れられることだが、それができる人は少ない。

どれだけ優秀な人でも細かなことに気を取られるあまり全体を見失ったり、逆におおざっぱすぎて細かなところを見落としていることなどがあるだろう。

 

どちらが良い悪いではなく、思考回路の違いの問題である。

大阪の良さの一つはこのおおざっぱで適当なところにあると思う。

江戸時代から商売・ビジネスの街として発展してきたこともあり、細部を細かく見る能力よりも全体をザックリと見通す力の方が必要とされてきたことも一つの要因かもしれない。

以上です。

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